教室日記|「どうせ私なんて」と言っていた子が、最後にくれた言葉

受験が終わると、毎年いろいろな子のことを思い出します。
合格発表の日のことももちろんそうですが、それ以上に、教室の中でのちょっとした表情とか、ふとした一言とか、そういうものが後からじわじわ思い出されます。

今年、一番心に残る子

最初から明るくて、前向きで、「大丈夫です、やれます!」というタイプではありませんでした。
むしろ逆で、何かあるとすぐに
「どうせ私なんて」
と言ってしまう子でした。

模試の判定も、最初はずっとD判定。
受験生としては、かなりしんどいスタートです。

もちろん、お母さまも悩んでおられました。

「このまま同じ志望校で頑張らせていいのでしょうか」
「少し下げたほうが、本人のためなのではないでしょうか」
「無理をさせて、もっと自信をなくしたらどうしようと思って…」

このお気持ちは、本当によくわかります。
判定がなかなか上がらない。
家では本人も不安そうにしている。
でも親としては、どこまで背中を押していいのかもわからない。
見ているほうも苦しいんですよね。

こちらも、そういうときは簡単に
「大丈夫です」
とは言いません。
大丈夫と言い切れるだけのものが、その子の中にあるのか、ちゃんと見たいからです。

それで、その子のノートは何度も見ていました。
宿題のやり方を見ました。
解き直しの跡も見ました。

すると、
字がとても丁寧なんです。
解説もちゃんと書き込んである。
間違えたところも、そのままにしていない。
雑に済ませる子ではありませんでした。

だから、「ああ、この子はできない子じゃないな」と思ったんです。
ただ、自分でそう思えていないだけだな、と。

足りないのは才能ではありませんでした。
圧倒的に演習量でした。

理解が浅いわけではない。
考える力がないわけでもない。
でも、点数になるところまで“やり切った量”がまだ足りていない。
見ていて、そこはかなりはっきりしていました。

そこで伝えたのは、難しいことではありません。

「才能はいらないよ」
「時間は裏切らないから、だまされたと思ってやってみよう」

この言葉で急に強くなった、ということではもちろんありません。
そんなに簡単ではないです。

実際、そのあとも何度も不安になっていました。
問題を解いて落ち込み、
模試の結果を見て落ち込み、
「やっぱり無理かもしれない」と言う日もありました。

でも、そのたびに、教室では
今やることを小さくして、見える形にする
ことを大事にしました。

「今日は英語長文を2本」
「数学はこのページのやり直しまで」
「ここまで終わったらOK」

不安が強い子に、いきなり
「とにかく頑張ろう」
では動けないことがあります。
むしろ、「何からやればいいか」が見えたときに、やっと前に進める子も多いです。

その子も、少しずつ変わっていきました。

最初は
「どうせ私なんて」
と言っていたのに、だんだん
「今日はここまで終わりました」
「次はこれをやります」
と、自分の言葉で言うようになっていったんです。

この変化は、教室で見ていてすごくうれしいものでした。
派手な変化ではないです。
でも、確実に中身が変わってきている感じがありました。

冬になるころには、判定も少しずつ上がり始めました。
DだったものがCになり、
CだったものがBになる。

ただ、判定が上がったからといって、不安がなくなるわけではありません。
むしろここまで来ると、今度は
「ここで落ちたらどうしよう」
という怖さが強くなることもあります。

それでも、その子は逃げませんでした。
机に向かい続けました。
一問ずつ、一日ずつ、積み重ねていきました。

そして迎えた入試前日。
正直、ものすごく緊張しているだろうと思っていました。

ところが、その日のその子は、今まで見た中でいちばんいい表情をしていたんです。
晴れやかで、すっと前を向いていて、そしてこう言いました。

「先生、私、これだけやったんだから、これで落ちたらもう仕方ないです。後悔はありません。 合格してきます!」

ああ、変わったな、と思いました。
本当に。

あんなに
「どうせ私なんて」
と言っていた子が、
「これだけやった」「合格してきます!」
と、自分の口で言えるようになっていたからです。

そのとき手にしていた筆箱には、使い切ったペンの芯が何本も入っていました。
それを見たとき、なんだかこちらまで報われるような気持ちになりました。

結果は、見事合格でした。

もちろん、合格はうれしいです。
でも、今振り返っても、いちばん心に残っているのは「合格しました」という報告そのものだけではありません。

それよりも、あの子が
「どうせ私なんて」から「これだけやった」に変わったこと
そちらのほうが、ずっと大きかったように思います。

受験は、ただ高校に受かるためだけの時間ではないのかもしれません。
もちろん合格は大事です。
でもその過程で、子どもが
「自分でも、ここまでやれるんだ」
と思えるようになることには、また別の大きな意味がある気がします。

保護者の方にとって、受験は心配の連続です。
判定を見るたびに揺れるし、
志望校をどうするかで迷うし、
家でどんな言葉をかければいいのか悩むこともあると思います。

でも、子どもは、見えないところで少しずつ変わっていきます。
結果がまだ出ていないときでも、ちゃんと積み重なっているものがあります。

その子の中にある力を見つけて、
必要なことを見極めて、
くじけそうなときには目の前の一歩まで一緒に整えていく。

そうしていると、ある日ふっと、顔つきも言葉も変わる瞬間があります。

あの瞬間に立ち会えることが、この仕事の何よりの喜びです。

これからも、教室の中で起きるこういう変化を、ひとつひとつ大事に見ていきたいと思っています。

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