プロポーションボックスを使った子が、何度も確かめたこと
夏休みの授業で、割合の問題に取り組んでいたときのことです。
中学生のゆうき君(仮名)が、問題を前にして手を止めていました。
私「どうした?」
ゆうき「先生。これ、かけるんでしたっけ? 割るんでしたっけ?」
私「ゆうきは、どう思う?」
ゆうき「それがわからないから聞いてるんです」
ごもっともな答えです。
問題文の中に「%」が出てくると、それだけで何をすればよいのかわからなくなる。
割合が苦手な子によく見られる反応です。
ゆうき「前にも教えてもらったんですけどね」
私「そうだね」
ゆうき「そのときは、できたんですよ」
私「うん」
ゆうき「でも、またわからなくなりました」
ゆうき君は、これまで何度も割合の問題を習っています。
説明を聞いた直後は、問題も解けます。
ところが、少し時間がたったり、問題の聞かれ方が変わったりすると、また、
かけるの?
割るの?
どの数字を使うの?
と迷ってしまいます。
そこで私は、ゆうき君に言いました。
私「今日は、かけるか割るかを先に考えなくていいよ」
ゆうき「じゃあ、どうするんですか?」
私「二つの量を並べて、数字がどう変わったかを見る」
ゆうき「それだけ?」
私「まずは、やってみよう」
このあと、ゆうき君の口から、何度も「それだけ?」という言葉が出ることになります。
まずは、簡単な問題で試してみました
最初は、わかりやすいリボンの問題です。
1mで50円のリボンを3m買うと、何円でしょう。
紙に簡単な表を書き、対応する二つの量を並べました。
私が「プロポーションボックス」と呼んでいるものです。
| 長さ | 値段 | |
|---|---|---|
| もとの関係 | 1m | 50円 |
| 求める関係 | 3m | □円 |
私「1mが3mになった。何倍?」
ゆうき「3倍です」
私「じゃあ、50円は?」
ゆうき「同じように3倍だから、150円」
私「そう。それで終わり」
ゆうき「えっ?」
私「終わりです」
ゆうき「これだけ?」
私「これだけ」
ゆうき「いや、本当に? これだけでできるの?」
簡単に解けたことが、かえって不安だったようです。

パーセントでも「これだけ?」
私「じゃあ、今度はパーセントの問題をやってみようか」
次の問題を出しました。
300円の80%は、何円でしょう。
300円が100%にあたることを確認し、プロポーションボックスに入れました。
| 値段 | 割合 | |
|---|---|---|
| もとの関係 | 300円 | 100% |
| 求める関係 | □円 | 80% |
私「100%が80%になっている。何倍?」
ゆうき「0.8倍」
私「じゃあ、300円も?」
ゆうき「0.8倍だから……240円」
私「正解」
ゆうき「これも、これだけ?」
私「これも、これだけ」
ゆうき「本当に、これだけでいいの?」
また確認されました。
私「じゃあ、もう一問やってみよう」
速さでも、同じでした
今度は速さです。
時速50kmで3時間進むと、何km進むでしょう。
ゆうき君は少し考えてから、自分で表を書き始めました。
| 時間 | 距離 | |
|---|---|---|
| もとの関係 | 1時間 | 50km |
| 求める関係 | 3時間 | □km |
ゆうき「1時間が3時間だから3倍。50kmも3倍だから、150km」
私「正解」
ゆうき「速さも、これでいいんですか?」
私「同じ速さで進むなら、時間と距離の関係は変わらないからね」
ゆうき「食塩水も?」
私「できる」
ゆうき「単位を直す問題も?」
私「できる」
ゆうき「文字が入っても?」
私「基本の考え方は同じ」
ゆうき君は、しばらくプロポーションボックスを見ていました。
そして、もう一度聞きました。
ゆうき「先生、本当にこれだけ?」
私「さっきから何回目?」
ゆうき「だって、今まで、もっと難しかったんですよ」

いつの間にか、「かけるの? 割るの?」と聞かなくなった
その後、問題の数字や聞かれ方を変えながら、何問か続けて解いてもらいました。
最初は一問ごとに、
「これでいいんですか?」
と確認していました。
しかし、少しずつ私に聞く回数が減っていきました。
問題文を読む。
対応する二つの量を見つける。
必要なら単位をそろえる。
プロポーションボックスに入れる。
そして、どちらが何倍になっているかを見る。
何問か解いたころには、こちらが何も言わなくても、自分で表を書き、計算まで進められるようになっていました。
私「どう? さっきより、かけるか割るかがわかるようになった?」
ゆうき「かけるか割るかを、先に決めなくていいんですね」
私「そう。数字の関係を見れば、必要な計算があとからひとりでにわかる」
ゆうき「今までは、勘で決めてました」
私「そうだと思った」
ゆうき「とりあえず、大きくなりそうならかける。小さくなりそうなら割る」
私「それで、できた?」
ゆうき「できましたよ。でも、よく外れました」
私「だろうね」
ゆうき君は少し笑ってから、解き終わった問題をもう一度見返していました。
授業の最初には、
「かけるんですか?」
「割るんですか?」
と聞いていたゆうき君が、いつの間にか、自分で計算を決められるようになっていました。
これは小さなことのように見えますが、とても大きな変化です。
「かけるの? 割るの?」に答えるだけでは、次も困ります
子どもから、
「これは、かけるんですか?」
「それとも、割るんですか?」
と聞かれたとき、
「これは、かけるんだよ」
と答えれば、その一問の答えはだせるでしょう。
ただ、それだけでは、次の問題でも同じ質問が出ます。
自分で判断していなかったからです。
何と何を比べ、どこを見れば計算を決められるのか。
その判断方法を、まだ持っていなかったのです。
自分の力で問題を解くというのは、答えが合うことだけではありません。
「二つの量がこういう関係だから、今回はかける」
「こちらを1にそろえたいから、今回は割る」
と、理由を考えて計算を決められることです。
だから私は、「かけるの? 割るの?」という質問に、計算方法だけを答えないようにしています。
その場の一問を終わらせるより、次の問題を自分で考えられるようになることの方が大切だからです。

公式を使うことが悪いわけではありません
割合の問題では、次のような公式を使います。
比べる量=もとにする量×割合
これは、もちろん正しい公式です。
公式を使うこと自体が悪いわけではありません。
しかし、
なぜ、この公式になるのか
どの数字が「もとにする量」なのか
どうして今回はかけ算なのか
がわからないまま、数字を公式に入れているだけでは、問題の意味を理解できていないことがあります。
公式を覚えている間は解けても、しばらくたつと、
「どの公式を使うんでしたっけ?」
「この数字は、どこに入れるんですか?」「かけるの? わるの?」
という状態に戻ります。
公式が出てくる意味を理解していないため、公式を忘れると、考えるための手がかりまでなくなってしまうのです。
プロポーションボックスは、公式の代わりになる魔法の表ではありません。
対応する二つの量を並べることで、
一方がどう変わったのか
もう一方は、どう変わるはずなのか
を自分で考えるためのものです。
数字の関係がわかれば、
こういう関係だから、今回はかける
と、自分の頭で計算を決められます。
「最初から、これで教えてほしかった」
問題が解けるようになると、ゆうき君は少し不満そうな顔になりました。
ゆうき「これでできるなら、最初からこれで教えてほしかった」
私「今、覚えたんだからいいじゃない」
ゆうき「だって今まで、『かけるの? 割るの? どうすればいいの?』って、ずっと困ってたんですよ」
私「そうだな」
ゆうき「あの苦しみの時間は何だったんですか?」
私「無駄ではなかったと思うよ」
ゆうき「返してほしい」
私「何を?」
ゆうき「割合で悩んでた時間」
私「時間は返せないなあ」
ゆうき「なんで、学校で最初に教えてくれないんですか」
私「私は、教えました」
ゆうき「遅いです」
少し厳しいお言葉をいただきました。
ただ、その顔は、授業の初めに「かけるの? 割るの?」と困っていたときとは、まるで違っていました。
問題を見ても手が止まらない。
公式を思い出せなくても、自分で関係を整理できる。
それが、少しうれしかったのでしょう。
正解するだけでなく、自分で解き方を決められるように
帰る前、ゆうき君はプロポーションボックスを使って、もう一問だけ自分で解きました。
答えが合っていることを確認すると、満足そうに言いました。
ゆうき「これ、本当に何にでも使えそうですね」
私「だから、さっきからそう言ってるでしょう」
ゆうき「でも、まだ全部は信じてません」
私「じゃあ、次も使って確かめてください」
ゆうき「わかりました。もし、これでできなかったら、先生に言います」
私「できたときも言ってください」
ゆうき「それは……考えておきます」
割合で悩んでいた時間を返すことはできません。
けれど、これから先、
「かけるの? 割るの?」
と迷う時間を少しでも減らすことはできます。
そして、公式を忘れたときにも、自分の力で考え直せるようにすることはできます。
計算方法を教えてもらったから解ける。
公式を覚えていたから解ける。
それだけで終わらず、
数字がこういう関係だから、今回は●●算を使う
と、自分で判断できるようになってほしい。
プロポーションボックスは、そのために使っています。
「これだけ?」
その言葉は、教えている私にとって、少しうれしい言葉です。
難しいと思っていたものが、自分にも扱えるものに変わった。
その驚きが、短いひと言の中に詰まっているからです。
今日も教室では、半信半疑の「これだけ?」が、少し自信の入った「これなら自分でできる」に変わっています。
※生徒名は仮名です。

