【教室日記】「雨は雨じゃん」――言葉が増えると、見える違いも増えていく

「先生、雨は雨じゃん」

ある子が、そんなことを言いました。

何の話からだったか。

雨の降り方だったか、言葉の違いだったか。

細かいところはもう忘れました。

でも、

「雨は雨じゃん」

この一言だけは、妙に残りました。

「まあ、そうなんだけどね」

そのときは笑って返しました。

確かに、雨は雨です。

小雨でも。

夕立でも。

霧雨でも。

豪雨でも。

全部、雨。

だから、

「雨でいいじゃん」

と言われれば、その通りです。

でも、そのあと少し考えました。

人は、同じ雨の中に違いを感じたから、別の名前をつけたんだよな。

と。


「ヤバい」も、全部いけます

別の日。

「先生、これヤバいです」

「何が?」

「いや、ヤバいです」

「難しいの?」

「まあ、ヤバいです」

……強い。

ヤバい、万能です。

難しい。

うれしい。

まずい。

すごい。

焦る。

面白い。

全部いけます。

大人だって使います。

私も使います。

だから、

「ヤバいなんて言葉を使うな」

という話ではありません。

でも、子どもを見ていると、

大人の「ヤバい」と、

子どもの「ヤバい」は、

少し違うことがあります。


大人は「ヤバい」を選んでいる

大人が友達と話して、

「昨日の試合、ヤバかったよ」

と言う。

これは別に問題ありません。

その場に合わせて、

わざとくだけた言葉を選んでいるだけです。

仕事なら、

「非常に印象的でした」

「かなり厳しい状況でした」

「予想以上の結果でした」

と言える。

つまり、

いろいろな言い方を知っていて、その中から「ヤバい」を選んでいる。

ところが、子どもの場合、

「別の言い方してみて」

と言うと、

止まってしまうことがあります。

「えーっと……」

「……ヤバい」

結局戻ってきます。

そのとき、

ああ、この子は「ヤバいを選んでいる」のではなくて、「ヤバいしかない」のかもしれない

と思うことがあります。


教えていて感じるのは、言葉の少なさだけではありません

成績が伸び悩んでいる子を見ていると、

使える言葉が少ない子がいます。

もちろん、

語彙が少ないから成績が悪い、

なんて単純な話ではありません。

でも、教えていてもっと気になるのは、

ちょっとした違いに鈍いこと

です。

例えば、

「3倍」と「3多い」。

「割合」と「割合の増加」。

「原因」と「理由」。

「溶ける」と「混ざる」。

こちらからすると、

「いや、そこは違うんだけどな」

というところを、

本人は、

「だいたい同じじゃん」

で通してしまう。

この「だいたい同じじゃん」が、

勉強になると結構しんどいんです。


「雨は雨じゃん」は、勉強でも起きます

雨の話に戻ります。

小雨。

霧雨。

夕立。

豪雨。

時雨。

名前が違うのは、

人が違いを感じているからです。

降り方。

強さ。

季節。

続く時間。

少しずつ違う。

その違いを言葉で分けている。

つまり、

言葉を知るということは、名前を覚えるだけではなく、違いが見えるようになること

でもあると思うんです。

これ、勉強でも同じです。

文章題で、

似ている言葉の違いを読み取る。

国語で、

理由と根拠を分ける。

理科で、

変化の違いを区別する。

社会で、

出来事の違いを整理する。

全部、

「同じように見えるけど、ここが違う」

に気づけるかどうかです。


家族は、少ない言葉でも分かってしまう

これがまた難しいところです。

家族って、すごいです。

「お母さん、あれ」

「ああ、あれね」

で通じる。

「今日ヤバかった」

「テスト?」

「うん」

「難しかったの?」

「そう」

かなりの精度で通じます。

表情。

声。

今日の予定。

昨日の話。

全部分かっているからです。

親子だからこそ、分かる。

これは本当にいいことです。

でも、

通じてしまうからこそ、子どもが言葉にしなくても済んでしまう

という面もあります。


教室では、あえて待つことがあります

長く教えている子だと、

こちらも分かってしまうんです。

「先生、これ……」

くらいで、

「ああ、そこね」

と分かる。

でも、すぐには言わないことがあります。

「何を聞きたいの?」

「えーっと……」

「どこまでは分かる?」

「ここまでは分かります」

「その次?」

「はい。ここから分かりません」

それでやっと、

「じゃあ、そこ見よう」

となります。

少し面倒です。

こちらが先回りした方が早いです。

でも、

自分が何を分かっていて、何を分かっていないのかを言葉にする

この練習は、かなり大事だと思っています。


「ヤバい」から、少しずつ変わる

最初は、

「先生、これヤバいです」

だった子が、

しばらくすると、

「これ、難しいというより、問題文の意味がよく分かりません」

と言うことがあります。

また別の日には、

「計算はできるんですけど、なんでこの式になるのか分かりません」

と言う。

おお。

かなり違います。

同じ「分からない」でも、

中身が見えるようになっています。

そうなると、こちらも教えやすい。

そして本人も、

自分がどこで止まっているのか分かっています。


そういう子は、そろそろ伸びてきます

これは経験からですが、

きちんと聞けるようになった子。

きちんと返せるようになった子。

少しずつ言葉を使い分けられるようになった子。

このあたりから、

勉強の方も変わってくることがあります。

たぶん偶然ではありません。

言葉が増えたから頭がよくなった

というより、

言葉が増えることで、

違いが見える。

自分の理解が整理できる。

問題文を細かく読める。

質問が具体的になる。

そういうことが少しずつ重なっているのだと思います。


家庭で、少しだけできることがあります

「ちゃんとした言葉を使いなさい」

と厳しく直す必要はないと思います。

でも、

「今日ヤバかった」

と言われたら、

「何がヤバかったの?」

と一言だけ聞いてみる。

「テスト」

「難しかった?」

「うん」

「どんなふうに?」

と、もう一言。

それだけでも、

子どもは少しずつ言葉を探します。

「時間が足りなかった」

「知らない問題が出た」

「計算ミスした」

「あの問題だけ意味が分からなかった」

こういう言葉が出てくれば十分です。


子どもだから、ずっと子ども向けの言葉で話さなくていい

赤ちゃん言葉って、

途中でやめますよね。

ずっと、

「わんわん」

「ぶーぶー」

では話しません。

少しずつ普通の言葉に変わっていきます。

同じように、

小学生や中学生になったら、

子どもだから分からないだろうと、

必要以上に簡単な言葉だけで話す必要もないと思います。

分からなければ、

「それどういう意味?」

と聞けばいい。

そのとき説明してあげればいい。

それでまた一つ、

言葉が増えます。

そして一つ言葉が増えると、

今まで一つに見えていたものが、二つに見えることがあります。


「雨は雨じゃん」の、その先へ

「雨は雨じゃん」

確かにそうです。

でも、

「雨の中にも違いがあるんだな」

と思えるようになる。

「ヤバい」

でも通じます。

でも、

「難しい」

「焦っている」

「驚いた」

「うれしい」

と分けられるようになる。

そういう小さな違いに気づけるようになることが、

勉強にも、

これから先の生活にも、

つながっていくんじゃないかと思っています。

教室で、

「先生、これヤバいです」

しか言えなかった子が、

「ここまでは分かるんですけど、ここから分かりません」

と言うようになったら、

こちらは内心、

ちょっと嬉しくなります。

おっ。言葉が増えてきたな。

そして、

そろそろ勉強の方も、変わってくるかな。

そんなふうに見ています。

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