【教室日記】「先生、これヤバいです」――で、何がヤバいの?

「先生、これヤバいです」

「うん。何が?」

「いや、だから……ヤバいです」

「なるほど。かなりヤバいんだね」

「そうなんです」

……会話、終了。

たまに、こんなことがあります。

もちろん「ヤバい」は便利な言葉です。

難しくてもヤバい。

簡単でもヤバい。

点数が高くてもヤバい。

点数が低くてもヤバい。

宿題が多くてもヤバい。

先生に怒られてもヤバい。

万能です。

ただ、勉強では少し困ります。


成績が伸び始める子には、ある変化があります

長く子どもたちを見ていると、

「この子、そろそろ伸びそうだな」

と感じる瞬間があります。

問題が急に全部解けるようになったときではありません。

もっと手前です。

会話が成り立つようになってきたとき。

これが結構あります。

別に流暢に話せなくてもいいんです。

大人みたいなきれいな日本語を使う必要もありません。

でも、

「どこが分からないのか」

「自分はどう考えたのか」

「何を聞きたいのか」

を、自分の言葉で少しずつ伝えられるようになる。

そういう子は、勉強の方も少しずつ変わってきます。


「分かりません」だけでは、実は先生も困ります

例えば数学で、

「先生、分かりません」

と言われます。

「どこが?」

「全部です」

ありますね。

でも、本当に全部分からないのかというと、そうでもありません。

「問題文は読めた?」

「はい」

「何を求めるかは分かる?」

「はい」

「式を作るところ?」

「……そこです」

ほら。

全部じゃなかった。

「分からない」を少しずつ言葉にしていくと、

本人自身も、

「あ、自分はここで止まってたんだ」

と分かってきます。

これが大事なんです。


理解するためには、やっぱり言葉が必要です

勉強というのは、

先生の説明を聞く。

教科書を読む。

問題文を読む。

自分の考えを整理する。

質問する。

ほとんど全部、言葉を使います。

だから、自分の中に使える言葉が少ないと、

理解するときにも少し不利になります。

もちろん、言葉が少なくても日常生活では何とかなります。

家族なら、

「あれ取って」

で通じます。

「ほら、あれ」

でも通じます。

長く一緒にいる友達なら、

「昨日のあれ、ヤバかったよね」

で、

「分かる分かる」

となります。

人間のコミュニケーションってすごいです。


海外旅行なら、それでも何とかなります

外国へ行っても、

知っている英語が数個しかなくても、

なんとかホテルに着けることがあります。

ハンバーガーも買えます。

こちらが、

「This 」

とか言って指を差せば、

相手が、

「ああ、これね」

と分かってくれます。

でも、それは、

こちらの英語力だけで会話が成立しているわけではありません。

相手が状況を読んでくれているんです。

ホテルのフロントなら、

「この人はチェックインしたいんだろうな」

と考えてくれる。

ハンバーガー屋なら、

指差した商品を見てくれる。

だから何とかなります。


でも、「勉強を教えてもらう」となると話が変わります

例えば、

「どうしてこの式になるんですか」

と聞きたいのに、

「これ、ヤバいです」

だけでは、

こちらも何を説明すればいいのか分かりません。

式の作り方?

計算?

問題文の意味?

分数?

単位?

全部説明していたら、時間がいくらあっても足りません。

だから、

自分が何を知りたいのかを伝える力

は、勉強でもかなり重要です。


長く教えている子ほど、こちらには分かってしまいます

これがまた厄介です。

長く一緒に勉強している子だと、

「先生、これ……」

くらいで、

「ああ、そこね」

と分かってしまうことがあります。

顔を見れば分かる。

鉛筆が止まった場所を見れば分かる。

ノートを見れば分かる。

先生としては、その方が早いんです。

でも、あえて聞きます。

「何を聞きたいの?」

子どもは、

「えーっと……」

となります。

待ちます。

「この……」

まだ待ちます。

「この式になるところが分かりません」

「はい。じゃあそこを見よう」

これでいいんです。


すぐ助けないこともあります

もちろん、意地悪をしているわけではありません。

こちらが全部察して、

「ここが分からないんでしょ。こうやるんだよ」

と毎回答えてしまえば、

本人はずっと、

質問する練習をしないまま

になります。

だから少し待つ。

少し言い直してもらう。

「もうちょっと詳しく言ってみて」

と聞く。

そうやって、

自分の困っていることを、自分の言葉で表す練習

もしています。


「先生、ここまでは分かるんですけど……」

しばらくすると、質問が変わってきます。

最初は、

「分かりません」

だけだった子が、

「先生、ここまでは分かるんですけど、この次なんで割るんですか?」

と言うようになります。

おお。

かなり違います。

さらに、

「自分はこうやったんですけど、答えが合わないんです」

となる。

もっといい。

その頃になると、授業中の返事も変わってきます。

「分かった?」

「はい」

だけではなく、

「ここまでは分かるけど、こっちはまだ分かりません」

と返せる。

ここまで来ると、

こちらも教えやすくなります。

そして本人も、自分が何を理解して何を理解していないのかが分かっています。


そして不思議と、成績も動き始めます

私の経験上、

きちんと聞けるようになった子。

きちんと返せるようになった子。

このあたりから、勉強の方も伸び始めることが多いです。

たぶん偶然ではありません。

質問できるということは、

自分の中で、

「ここまでは分かる」

「ここから分からない」

を整理できているということだからです。

つまり、

自分の理解を自分で見る力

が少しずつ育ってきている。

それは勉強するうえで、とても大きな力です。


「ヤバい」が悪いわけではありません

最後に一応。

「ヤバい」を使うな、という話ではありません。

私も使います(笑)。

テストで自己最高点なら、

「それはヤバいね」

でいい。

でも、

何かを理解したいとき。
誰かに教えてもらいたいとき。
自分の考えを伝えたいとき。

そこでは、

「ヤバい」の次に、もう一言ほしい。

「何が?」

「どうして?」

「どこから?」

その一言を考えられるようになると、

子どもの勉強は少しずつ変わってきます。

教室で、

「先生、分かりません」

しか言えなかった子が、

「ここまでは分かるんです。でも、ここから分かりません」

と言うようになったら、

こちらは内心ちょっと嬉しくなります。

おっ。そろそろ伸びてくるかな。

そんなふうに見ています。

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